活動レポート
- 人と動物、二つの臨床を生きる -
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帝京大学福岡医療技術学部医療技術学科臨床工学コース 講師 輪内 敬三
祖母の血液透析をきっかけに臨床工学技士を志し、専門学校卒業後、臨床工学技士として17年間病院に勤務。広島県臨床工学技士会の理事も務め、学会での出会いを機に統計学者である宮田教授と親交を深める。2021年、帝京大学福岡医療技術学部の教員に着任、その後修士号を取得。現在は山口大学大学院博士課程に在籍しながら、獣医工学の研究や海外医療支援活動に取り組んでいる。
臨床工学技士とは、人工透析装置や人工呼吸器、人工心肺装置といった生命維持管理装置を操作し、保守点検を行う国家資格です。私がこの仕事を志したきっかけは、祖母が血液透析を受けていたことでした。機器と向き合いながら患者さんの命を支えるこの仕事の存在を知りました。最初に就職したのは小規模な病院でした。当時は臨床工学の専門部署を独立して配置する余裕がなく、私は看護課の中に置かれた臨床工学部門に所属し、17年間、臨床の現場に携わってきました。
私が担っていたのは、医療機器の操作や保守だけではありません。当時、多くの病院で電子カルテや画像を管理するPACS(医用画像管理システム)の導入が進み始めていました。しかし、専任のSE(システムエンジニア)を雇う予算のある病院は限られています。そこで各部署に、機器やシステムに強い人材が求められるようになり、私がその役割を任されることになりました。院内にLANケーブルを敷設し、サーバーを管理し、電子カルテやPACSの導入に対応しました。また、手術室で使われるモニター類からデータをどう抽出し、どう活用するかという課題にも向き合いました。医療の情報化が急速に進む過渡期を、現場で一つひとつ手探りしながら乗り越えてきた17年間だったと思います。
病院で学会発表やデータ分析に取り組む中で、私は統計学に関心を持つようになりました。なかでも、転機となったのは、2015年ごろ、広島県臨床工学技士会の役員として講演をお願いする先生を探していたときのことです。あるシンポジウムで統計学について話されていたのが、福岡医療技術学部医療技術学科 宮田賢宏先生でした。臨床工学と看護、両方の資格を持つ宮田先生は、患者さんのデータを統計的にどう扱うかを、わかりやすく、それでいて本質を突く形で語っておられました。以後、毎年講演をお願いするようになり、自分の研究データについても意見をいただく間柄になりました。論文に名前を連ねさせていただいたこともあります。
宮田先生は2019年に帝京大学福岡医療技術学部の教員に着任されました。そのご縁で声をかけていただき、2021年私も同学部の教員として着任することになりました。これから臨床工学の現場でも情報を扱える人材が必要になるだろうという見立てから、「情報ができる臨床工学技士」という位置づけでの採用でした。着任した当時、私は短期大学卒業の学歴しか持っていなかったため、急いで修士号を取得しました。現在は山口大学大学院の博士課程に在籍しながら、研究を続けています。
教員として着任してほどなく、動物医療に携わる同僚との出会いをきっかけに、私は新しい研究領域へ足を踏み入れることにもなりました。それが獣医工学です。特に、臨床工学が培ってきた医療機器や環境整備の知見を、動物医療の現場に応用する試みに取り組んでいます。動物医療の現場は、人の医療と比べて数十年遅れていると言われます。人の医療現場では当たり前に使われているモニター類が、動物医療ではまだ十分に活用されていません。安全に使用できる圧力の基準値一つをとっても、確立されたガイドラインが存在しない領域が数多く残されています。
そこで私は現在、大学内に実験機を自作し、動物の生体データに近い波形やデータを取得しながら、どこまでが安全な範囲かを検証する研究に取り組んでいます。大学内では動物倫理の観点から実験に制約があるため、模擬的な機器でデータを積み重ね、論文として発表し、将来的には、この成果を動物医療のガイドラインに反映させることをめざしています。現在、主な対象としているのは体重10キロ以下の小型犬、チワワやプードルといった犬種です。研究と並行して、福岡県大牟田市にある動物用医療機器メーカーに非常勤という立場でかかわり、機器開発にも参加しています。操作性にかかわるユニバーサルインターフェースの設計など、医学と工学が連携する医工連携の現場です。かかわる先は民間の動物病院から、山口大学が構える動物医療センターまで規模はさまざまです。獣医系の大学は動物医療センターの設置が義務づけられており、そうした大小さまざまな現場に足を運び、他の専門職と協力しながら、それぞれに必要な仕組みを見極めています。
一方、人を対象とした臨床の現場は世界中で進化し続けています。しかし、すべての医療現場が最先端というわけにはいきません。以前、あるNGOに同行し、ザンビアでの医療支援活動に参加した経験があります。ザンビアには臨床工学に関する国家資格制度そのものが存在しないため、現地の保健省から半年から1年程度の期間限定で特別に資格を発行してもらい活動しました。現地の病院ではモニター類の設置や設定、管理を担当し、手術の様子を別室に映し出すための機材も、現地には調達できるものがなかったため、ケーブル一本から日本で買いそろえて持ち込みました。映像を遅滞なく届けるための回線の太さまで、その場で考えながら組み立てていくのです。こうした活動には強い意義を感じており、現在私は国内の病院には所属していませんが、海外での医療支援活動そのものは続けています。最近は、企業との共同研究という形で海外にかかわる機会も増えてきました。
私には研究の背骨になっている考え方があります。学生時代にお世話になった恩師から、「研究は必ず二つの分野を持ちなさい」と教えられてきたことです。片方が立ち行かなくなっても、もう一方があれば道が途絶えることはありません。実際に人と動物、国内と海外という異なる軸足を持つことで、物事の考え方を柔軟に転換しやすくなったと感じますし、何より人脈の広がり方がまったく違います。ひとつの分野だけを深めていたら出会えなかったはずの人や仕事に、これまで何度も導かれてきました。
人と動物、国内と海外、この二つの軸を行き来しながら、私が一貫して向き合ってきたのは「臨床の環境整備」です。それぞれの現場の規模やニーズに合わせて必要なものをその都度つくっていく、病院のIT化を手探りで進めていたころも、ザンビアの病院でケーブルをつないでいた時も、そして今、小型犬の安全な圧ラインを検証しているときも、やっていることの本質は変わりません。特に現在、人の医療はもとより、動物医療を取り巻く環境も、世界規模で大きく変化しつつあります。ペットという言葉に代わって「伴侶動物」という呼び方が使われ始めていることからもわかるように、動物は家族の一員として位置づけられるようになってきました。アジアの国々でも飼育数の増加は続いており、動物医療の需要はこれからさらに高まっていくはずです。一方で、そのための機器やガイドラインの整備は、まだ十分に追いついていません。
私たちはSDGsのために活動しているわけではありませんが、困っている現場にないものをつくり、改善のきっかけを提供し続けるという私の取り組みは、ボーダーのない社会とその実現のために必要な持続可能な社会を作るというSDGsの理念に限りなく近いと最近感じることが増えました。そして人と動物、双方の臨床の現場に必要な環境を整えていくことの向こうには、社会が抱える課題が見えます。私がかかわっているのは人からはニッチな分野に見えるかもしれません。しかし、そこには、これからの社会に生きる課題解決のヒントが詰まっているのです。