活動レポート
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TEIKYO SDGs report社会を看護(みまも)る

- 子どもの健康が示す社会の健全性 -

3 すべての人に健康と福祉を4 質の高い教育をみんなに10 人や国の不平等をなくそう11 住み続けられるまちづくりを

3 すべての人に健康と福祉を4 質の高い教育をみんなに10 人や国の不平等をなくそう11 住み続けられるまちづくりを

三木祐子 先生の写真 

帝京大学医療技術学部看護学科 准教授 三木祐子

1991年聖路加看護大学看護学部看護学科卒業。病院看護師を経て、1995年東京大学大学院医学系研究科修士課程修了、1998年同研究科博士課程修了。同年より2年間厚生省健康政策局看護課看護師係長を務めた後、聖母大学非常勤講師、東京大学医学教育国際協力研究センター特任研究員、東京有明医療大学講師、東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科地域保健看護学分野非常勤講師など多方面にて活躍。2018年より帝京大学に赴任。

このレポートを要約すると...

  • SDGsにおいて「健康」は重要なテーマである。健康が、人びとや社会の持続可能性に与える影響は極めて大きい。
  • 特に「子ども」の生活環境を分析していくことで、社会における「健康」のあり方が見えてくる。
  • 現在は3つのテーマで、社会で生活する人びとの環境、認識、行動がどのように絡み合い、子どもの健康に影響を与えるかを分析している。
  • 1つめは、高層階で生活する家族における健康のあり方。
  • 2つめは、小学校におけるがん教育のための教材の開発。
  • 3つめは、発達障害を抱える人びとのための融合的連携支援。
  • 健康を構築する要素をていねいに分析することで、社会の健全性を実現するための行動変容につながる。
  • 未来を担う人びとの健康を守ることはSDGs実現への貢献になりうる。

子どもの健康に関する研究

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新人看護師として小児外科に配属されました。3年が経過したころ、先輩から将来も小児科を専門にやりたいのなら大人の病棟も経験した方が看護を深めることができるとの助言があり、脳外科へ転属しました。その後、改めて将来小児関連にかかわりたいと考えたこと、子どものみならず親(大人)へのかかわりも必要であること、病気だけではなく地域で生活する人びととして集団で捉えることにより、対象者を多角的に把握することで効果的な支援が実現できると考え、母子保健学(現在は発達医科学)教室のある大学院に進学しました。大学院では、子どもの生活環境を分析することで見えてくる社会的な「健康」について研究しました。子どもが健全でいられる環境は、親や周囲の関係者にとっても健全な環境であることが多いのです。以後、子どもを中心とした社会的な健康の分析と提言、そして行動立案が私の研究テーマとなっています。

現在は、3つのテーマについて研究しています。1. 高層集合住宅と親子の健康、2. 小学校におけるがん教育に向けたテーラーメイド型がん教育教材の開発、3. 発達障害児とその親への融合的連携支援です。すべてに共通しているのが「子ども」の健康です。

母子と住環境

1つ目の研究である住環境と親子の健康は、大学院時代から継続しているものです。特に高層集合住宅を中心に取り組んでおり、1990年代後半の住環境の高層化が本格化していくタイミングでした。当時の研究結果では、高層階の母子の方が外出が少なくなりがちで、母子ともに自宅で過ごす時間が長くなることに伴う幼児の生活習慣の自立の遅れ(洋服や靴の着脱の遅れなど)、母親の精神的健康度の低さなどが明らかになりました。また、音(特に子どもの声や足音など)の問題を気にされる家庭が大変多く、近所付き合いが良好だと音を出す家庭の不安や音を聞かされる側の家庭の不満も軽減されるのですが、逆の場合ではお互いのストレスが増加する傾向が見られました。

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あれから20年以上経過し、当時と比較して超高層住宅の増加など子どもを取り巻く環境が大きく変わっています。しかし過去の研究成果について、すでに論文や学会、マスメディアなどを通して提言していること、近年働く女性が増えたことで、子どもが保育園や幼稚園で過ごすことが多くなり、高層階居住家庭における生活環境が変化したことから、過去にみられた問題は少なくなりました。しかし一方では、20階建て以上の超高層住宅における災害時の対応や帰宅時の安全性など、新たな課題も浮上しています。たとえば、夜間の災害時に母と子どもがベランダの狭い非難はしごを使って高層住宅から避難できるのか、高齢者の方の避難などはどうするのか、といったことは未知数です。生活者の不安は、健康の良し悪しを左右します。そこで、いずれ超高層住宅における災害対応ハンドブックの構築を練っているところです。こうした都市生活と母子の健康というのは、都市化が進む世界全体の共通課題でもあります。変化する時代において、子どもの生活環境に関する恒常的な研究の必要性を感じています。

小学生とがん教育

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2つ目のテーマは、小学校におけるがん教育の改善です。これまでがんを患った子どもにかかわったことはありますが、がんの親をもつ子どもとその家族にかかわったことはほとんどありませんでした。帝京大学に赴任したことで「コアラカフェ」を知り、親のがんを知らされた子どもや保護者の方に触れる機会を得ました。コアラカフェは、「がんに罹った親や大切な人を持つ子どもたちに、安全で居心地の良い場を確保し、日常から切り離された自由な自分で居られる時間を提供すること」を活動ビジョンとしている帝京大学の取り組みです。私たちはここで2019年から、テーラーメイド型がん教育教材の開発に取り組んでいます。現在のがん教育だと、たばこやお酒が原因であることを教えるタイプのものがほとんどです。確かに事実ですが、たばこやお酒と無縁のがん患者さんも少なくありません。しかし社会的に一括りに見られることも多く、不愉快な思いをされる方がたくさんいます。特に、親ががんになった子どもは、そういう親なのかという目で見られ、辛い思いをします。小中学校の教育の段階で、正しいがん教育を推進し、がんに対しての偏見などをなくし社会環境を改善することが重要です。

しかし、中学高校の学習指導要綱にはがん教育について明記されていますが、小学校にはありません。東京都豊島区に代表されるように、市区町村単位でがん教育に力を入れているところがありますが、現状のがん教育実施は小学校によってバラツキがあるようです。また、がん教育者として医師や看護師、専門家などの外部講師が手配しにくいという課題もあります。そこで、我々が教材を作成し、コアラカフェのホームページで公開することで無償活用、時間・場所・年齢を選ばずにがんについての正しい内容を知りたい時にいつでも活用できるよう、大人や子どもの家庭環境に併せて「親ががんで治療中、または治療終了後の親をもつ小学生用」「がんの親と死別した小学生用」「がんの治療を受けたことがない親をもつ小学生用」の3種類の動画を作成しています。まだまだ開発途中で課題も多いのですが、社会全体でがんに対する正しい認識が普及することで、がん患者さんやそのご家族の心理的な負担が大きく軽減されると期待しています。

発達障害と社会環境

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3つ目は、発達障害児を取り巻く環境についての研究です。発達障害を発見できるタイミングはさまざまです。幼少期や思春期、不登校などのケースで障がいが見えることもありますし、大学生など大人になってから気づくケースも少なくありません。一見しただけではわからない発達障害者と接する時、知識があるかないかで対応が大きく変わります。実際、本学においても発達に問題があると思われる学生の対応に苦慮したケースがあったと聞いたことがあります。そこで、昨年、発達障害を持つ方に関する正しい知見や支援を共有すべく学内教職員向けのセミナーを行ったところ、反響が大きく、セミナーの継続やより詳しい知見を知りたいというアンケート結果が得られました。

私たちは、さまざまな地域においても同様の取り組みが必要ではないかと考えています。地域の場合、重要なのは、医師や保健師などの医療、保育、教育、福祉、心理などの専門職といったさまざまな立場の方と、互いの職種の専門性や背景を理解・尊重したうえで、情報を共有し役割を遂行できるよう融合的連携支援を実現することです。発達障害児とその親にとっての安心感はもとより、社会全体の認識を底上げすることに大きく貢献できるでしょう。そこで私たちは、自宅からアクセスできる、ICTを生かした他職種共同型地域支援ネットワークの構築を模索しています。発達障害のお子さんにとって安心できる日常生活が実現できるということは、地域全体の安心・安全も向上することでもあるのです。

社会の健康を「看護(みまも)る」

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ここまでお話ししてきた3つの研究の根底にあるのが「健康」です。SDGsにおいても「健康な社会」を構築するための項目は、社会の裾野におよびます。健康は単に病気にかからないということだけではなく、とても複雑な要因でできあがっています。家族の健康を保つには生活環境の安定性が欠かせません。安全性、収入、教育環境、利便性など、社会の安定や個々人の仕事にいたるまで充実している必要があります。周囲の生活環境や社会の認識、そして地域の支援体制なども重要です。たとえば、マンションの近くに医療機関があるかどうかは皆さんも調べると思いますが、高層階に居住することで子どもや高齢者にどのような影響があるのか、近所関係はどうなのかといった情報に関しては後回しになることもあるでしょう。近年リスクが高まりつつある紛争地帯では、そもそも生活の安全性を保つことすら難しいです。安心安全に生活できるかどうかは極めて重要です。私たちの研究は、いわば社会における健康を看護る(みまもる)ことにあります。そのために必要な環境を整備していくことが、SDGsに記されるゴールの達成に向けての全世界共通のテーマになりうると考えています。