活動レポート
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TEIKYO SDGs report「がん」から始まる持続可能なまちづくり

- ローカルな情報形成の蓄積が、グローバルな課題解決を切り拓く。 -

1 貧困をなくそう3 すべての人に健康と福祉を11 住み続けられるまちづくりを

1 貧困をなくそう3 すべての人に健康と福祉を11 住み続けられるまちづくりを

渡邊清高 病院教授の写真 

帝京大学医学部内科学講座 腫瘍内科 病院教授 渡邊清高

1996年東京大学医学部医学科卒業。内科、救命救急の研修を経て東京大学医学部附属病院消化器内科。2008年に国立研究開発法人国立がん研究センターがん対策情報センターの室長として、ウェブサイト「がん情報サービス」での情報提供に携わる。2014年現職。基礎・臨床・政策研究に取り組みながら、がん医療・がん対策の情報発信と連携づくりに精力的に取り組んでいる。

このレポートを要約すると...

  • 「がん」と一口にいっても、患者さんごとに生活する地域も環境も異なるため、安心して病気と向き合うための地域づくりが重要。
  • 治療・ケア・生活などの面でかかわるすべての方が正確な情報を共有できれば、 本人・家族の療養生活の質が 向上する。
  • 当事者の方が「知りたい情報」、医療現場の方が「伝えたい」情報をつなげる場をつくる。
  • 帝京大学板橋キャンパスでは、医学部附属病院、医療系学部のさまざまな先生方の支援をいただき、連携づくりのモデル発信に取り組んでいる。
  • 地域コミュニティに蓄積された暗黙知を共有知に変える試みは、SDGsがピックアップしている社会課題そのものに解決策を提案できるきっかけといえる。

「がん」にまつわる情報ニーズを支援につなげる

今、日本では年間約100万人が「がん」に罹患します。診断と治療の進歩により、生存率は年々向上してきています。多くの患者さんは、治療を継続したり、再発の不安と向き合いながら過ごしていらっしゃいます。ひとくちに「がん」といっても、場所や進行の度合い、ほかの病気の有無によって状況はさまざまです。診断されて間もない方、これから治療を始める方、一段落して家での生活を考える方、進行したり再発を繰り返しながら、ご自分なりの過ごし方を見出しながら住み慣れた環境で過ごす方など、一人ひとりによって異なります。がんを患った方の不安や悩みに対して、さまざまな専門家が患者さんに寄り添い、支えられるための仕組みが求められています。団塊の世代が75歳以上となる2025年に向けて、できる限り住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができるよう、包括的な支援・サービス提供体制(地域包括ケアシステム)のもとで、医師・看護師・薬剤師などの医療従事者、介護や福祉関係者、行政の方などがそれぞれの役割を発揮することで、誰もが安心して暮らせるような地域づくりの重要性が強調されています。

鍵となるのは”情報”です。医療にかかわることについて、診断や治療は医師、療養やケアは看護師、薬や処方は薬剤師といったかたちで、職種に応じて医療の専門家が患者さんをサポートしています。生活面ではどうでしょう。患者さんが家に帰ったとき、一人暮らしなのか老老介護で支える側の方なのか、エレベーターのないアパートにお住まいなのか、など、普段の暮らしぶりについて十分把握できていないことがあります。心のつらさや経済的な面での不安を抱えていらっしゃるかもしれません。「がん」を患っている患者さんについて、治療や薬剤の提案に加えて、本人そして周りの方と生活のイメージを共有していくことが求められます。介護の視点からは、現在の機能や体調、これからの見通しと本人の希望を共有しながら、生活者として本人の日々の変化に対応しています。本人と周りの方、治療・ケア・生活などの面でかかわるすべての方が、「現状:今何が課題なのか」「支援:専門性を活かしてどんなサポートができるか」「連携と共有:チームとしてどう支えていくか」を考えるときに、病気・治療・生活・ケアに関する正確で役に立つ情報を持つことができたら、療養生活の質が劇的に上がることにつながります。選択肢がたくさんあることは大切ですが、たくさんありすぎて逆に選べなかったり、不確かな情報やご自分に合わない情報に振り回されて、かえって混乱や不安に駆られてしまうことにつながりかねません。これからの過ごし方を指し示してくれたりヒントを与えてくれたりする「ナビゲーター」のような役割が求められます。

渡邊清高 准教授の写真 

当事者・現場目線の情報の必要性と可能性

私は以前、国立がん研究センターが運営する「がん情報サービス」(https://ganjoho.jp/)で、信頼できる情報の作成と発信に携わっていました。月に300万から400万のアクセスがある国内最大のがんの情報サイトです。診療ガイドラインなどの科学的根拠に基づく信頼できる情報源をもとに、わかりやすく示された情報は精度が高く、基本的な診断と治療の情報が詰まっています。一方、個別の患者さんの状況についてはどうでしょうか。たとえば、同じ肺がんの患者さんでも、40歳代で喫煙歴のない一見元気に仕事をしている方と、70歳代で糖尿病や認知症といった併存疾患がある方とでは、必要となる医療やケアの情報、仕事の継続といった必要なサポートなど、求められる支援が異なります。がんであることが判明すれば患者さんとそのご家族が抱える不安は想像以上です。手当たり次第に大量の情報に接することで本当に自分に必要な情報を見失い、より大きな不安を抱えてしまうこともあります。ご家族や親しい方にも同じことが起こりえます。

こうしたことから、当事者の方が「知りたい」情報、そして医療現場の方が「伝えたい」情報をつなげる場をつくる取り組みを継続してきました。”在宅療養に必要な情報”と”住み慣れた地域の療養情報”の2つにフォーカスし、「役に立つ」「参考になる」情報を集約し提供できるようなポータル情報発信の構築に着手しました。2012年から「がん医療フォーラム」を開催し、2015年には在宅療養に必要な情報を集めたガイドや在宅療養に役立つ情報を集めたポータルサイト「がんの在宅療養(地域におけるがん患者の緩和ケアと療養支援情報 普及と活用プロジェクト)」を手掛けています。情報を共有し連携することをきっかけに、身近な地域で患者さんとご家族を支える支援の輪が広がることをめざしています。

「がんの在宅療養」ウェブサイト

地域におけるがん患者の緩和ケアと療養支援情報
普及と活用プロジェクト:https://plaza.umin.ac.jp/homecare/

がん患者さんが在宅で過ごすときの情報冊子「がん患者さんが安心してわが家で過ごすために ご家族のためのがん患者さんとご家族をつなぐ在宅療養ガイド」をはじめ、全国各地で在宅療養をテーマに開催した研修会・フォーラムの様子を掲載している

「地域の療養情報」をきっかけに、顔の見える関係づくりにつなげる

「がんの在宅療養」のサイトは、がんを患う本人とそのご家族向けに、家で過ごしたい時に参考になる情報、在宅で過ごすときの不安や心配ごとへの対応やヒントをまとめています。医療や介護についての知識をまとめているだけでなく、実際に療養生活をともにしたご家族・ご遺族の体験談を、多くの当事者の方にご協力いただいて紹介していることが特徴です。医療や療養生活を扱うポータルサイトとして、じっくり読む方が多くいらっしゃいます。在宅での生活を考えるうえでの不安、準備、在宅医・看護を含むスタッフとの関係づくり、家族との対話のコツなどなど、実際に支援にかかわる在宅の医師・看護師・薬剤師・ケアマネジャー・医療ソーシャルワーカー・リハビリテーションスタッフをはじめ多くの方のヒアリングを経てまとめています。

在宅での療養を支えるのは、住み慣れたその地域での情報です。人口規模によって医療体制も異なりますし、都内であっても地域によって高齢化が進んでいるところもあれば、医療や介護へのアクセスしやすさや利用しやすい制度もさまざまです。プロジェクトでは「がん医療フォーラム」をご当地で行うことで、その地域・現場の課題や工夫を共有する場として提案してきました。仙台、沖縄、島根県出雲、岩手県気仙、山形県鶴岡・三川、香川県高松、千葉県東葛北部など、全国各地で在宅での療養について、現場の方と一緒に地域の課題や特色のある工夫を共有したり、連携を深める活動を続けてきました。本学板橋キャンパスでは、医学部附属病院長の坂本哲也先生、医療連携・相談部の佐野圭二先生、そして医学部・薬学部・医療技術学部はじめとする多くの先生方のご支援をいただきながら、連携づくりのモデルの発信に取り組んでいます。本学の先端研究推進助成をいただき、板橋区医師会の先生方や基幹病院の先生方と一緒に、地域での療養生活を支える専門職が所属する職種や施設の垣根を越えて話し合う地域包括ケア懇話会「住み慣れた地域でがん患者さんを支えるチームづくり 帝京がんセミナー/地域包括ケア懇話会2019」を2019年11月に開催しました。

「本人が療養生活で抱える身体的・心理的・社会的な課題に、地域でどのように支えていくか(サバイバーシップの充実)」「どんな工夫や改善策があるか(解決策の共有)」「そのために私たちに何ができるか(主体的参画に基づく連携)」の3点に着目し、参加された方同士が話し合うプロセス=「顔の見える関係づくり」を重視しています。地域包括ケア懇話会の様子は、「板橋発、サバイバーシップの充実に向けたモデル」としてウェブサイトで見ることができます。新型コロナウイルス感染症の広がりという新たな課題に直面するなかで、医療を取り巻くコミュニケーションのあり方も変わりつつあります。患者-医療者間だけでなく、患者・家族・医療職それぞれがどのように情報を共有し、話し合いを重ねることで最適解を見出していくか、都市部や地域、職域などさまざまな現場で応用可能なモデルとして提案していきたいと考えています。

「住み慣れた地域でがん患者さんを支えるチームづくり 帝京がんセミナー/地域包括ケア懇話会 2019」(帝京大学板橋キャンパスにて開催)

地域の医療・介護福祉関係者・大学病院スタッフ・学部教員はじめ、幅広い専門職が地域包括ケアの実践に向けて議論を重ねた

「がんモデル」「地域モデル」の暗黙知を社会知に­ - アカデミアからの発信

さて、こうした私たちの取り組みをSDGsの視点で考えてみると、もともと暗黙知としてそれぞれの地域で共有されてきたものを社会知に変換し可視化することに本質的な価値があると言えます。地域における疫病、疾患対策はSDGsのゴールのひとつに組み込まれていますし、地域の生活の安心・安全、まちづくりという観点でも対象となるゴールが存在しています。しかしそれにとどまらず、地域の特性に応じた情報収集と整理、可視化と活用までを可能にする情報共有と連携の取り組みは、より多くのSDGsのゴールにコミットできる可能性を秘めています。どんな社会にも”地域コミュニティー”が存在している以上、その中には多様な人びとが生活していますし、さまざまな専門性を有するプロフェッショナルが活躍しています。そして、その中で問題意識を持ち学びや社会貢献に熱意を持つ学生も多くいることを、これまでの地域でのプロジェクトの中で実感しています。

ITやソーシャルネットワークがますます広がっている現在においては、距離的に近いという「地域」だけでなく、興味や関心を共有するバーチャルな共有空間が課題解決の場になる可能性があります。がんの領域では、難治がんや希少がん、小児がん、若年や青年期のがん(AYA:adolescent and young adult)など、ニーズが高い一方で十分な支援や連携がなされていなかった分野において、特有の課題や解決に至るヒントを共有し連携していく仕組みが至るところで動き始めており、そこには特性の異なる暗黙知としての情報があります。地域や領域における課題とは、医療や治療でいうところの”疾患”に似ています。地域や現場に埋もれている無数の知恵や解決に至るヒントを「見える化」すること、より多くの人と共有できる状態にして自律的な課題解決の方策をOne Teamとして見出していくことが、住み慣れた地域でのQuality of Life(生活の質、人生の質)を豊かで安心できるものにし、健全性をもたらすことにつながります。一生のうちに2人に1人がかかる(生涯累積罹患リスク)「がん」は、誰もが自分ごととして、「もし自分が、あるいは身近な誰かががんになったときにどうするか、どのようなかかわりができるか」SDGsがピックアップしている社会課題そのものにアカデミアから持続可能な解決策を提案できるきっかけになると考えています。

がん医療フォーラム 2018「がんを知り、がんと共に生きる社会へ」
(東京都千代田区にて開催)

がん医療フォーラム

「がんの在宅療養」のウェブサイトから開催記録・動画を参照できる