活動レポート
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TEIKYO SDGs report「良い教育」の種

- 量的普及から質的向上への挑戦 -

1 貧困をなくそう4 質の高い教育をみんなに5 ジェンダー平等を実現しよう6 安全な水とトイレを世界中に8 働きがいも経済成長も10 人や国の不平等をなくそう17 パートナーシップで目標を達成しよう

1 貧困をなくそう4 質の高い教育をみんなに5 ジェンダー平等を実現しよう6 安全な水とトイレを世界中に8 働きがいも経済成長も10 人や国の不平等をなくそう17 パートナーシップで目標を達成しよう

西向堅香子 先生の写真 

帝京大学外国語学部外国語学科 准教授 西向堅香子 

明治大学文学部ドイツ文学科卒業後イギリスに留学。ロンドン大学東洋アフリカ学院社会学・人類学研究科修士課程を修了し、ロンドン大学教育研究所社会政策研究科で博士号を取得。シンクタンクに勤務した後、2010年から日本の大学で研究員を務める。2016年に帝京大学外国語学部に講師として就任。アフリカのシエラレオネとガーナの基礎教育の研究に注力している。

このレポートを要約すると...

  • 国際社会は1960年代にユネスコが開催した4つの世界教育地域会議以降、教育支援についてさまざまな議論とアクションを行ってきた
  • 取り組みの成果として、現在では途上国を含め世界の約90%の子どもたちが初等教育を受けている
  • しかし、中等教育や高等教育の普及、教育全般の質向上、生徒の学習成果の向上など、途上国を中心に課題は多い
  • ガーナは政治・経済・社会的安定により低中所得国入りしたものの、都市部と農村部の地域格差や富裕層と貧困層との経済格差は教育における格差へとつながっている。教育の質の向上、学力の向上につながる策を研究して農村地域の教育の底上げにつなげたい
  • 教育の質的向上においては、教員、生徒、親の意識と取り組みの差が教育環境に有意な差となって表れている
  • 良い環境で学んだ子どもたちは学校への評価が高く、同時に学習意欲や進路について総じてポジティブであった
  • ガーナでは教職への尊敬は深く、質の良い教育を受けた生徒の中には「先生」になりたいと語る子も多い。教育が連鎖することで社会の価値も高まっていく

世界の教育支援

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国際社会による途上国への教育支援は第二次世界大戦後から行われています。1960年にはユネスコ(国際連合教育科学文化機関)主導で世界教育地域会議が開かれ、アジア、アフリカ、ラテンアメリカ、アラブ諸国の教育の普及について議論されています。この会議で、無償の初等教育の普及を1980年までに達成することが採択されました。この結果、アジアとラテンアメリカで小学校の就学者数が2倍以上、アフリカでは3倍に増え、世界的な初等教育の完全普及までには至らないものの、一定の成果はあがりました。その後も教育支援の継続的な取り組みは続きます。すべての人が読み・書き・計算などの基本的な教育を受けられることを目標と定め、定期的に世界教育フォーラムを開催し、取り組みや成果の評価や新たな課題の確認や目標設定をしながらEFA(Education for All)達成に向けて対話し協力しています。2015年には国際連合によってMDGs(ミレニアム開発目標)が採択されました。教育分野も大きな追い風を受け、目標達成期限である2015年に近づくにつれ著しい成果があがり、途上国でも初等教育の量的普及がなされました。現在、世界中の子どもの約9割が小学校に通っています。

もちろん、すべてが解決したわけではなく、課題は山積みです。社会的弱者としての子どもたちはまだまだたくさん存在していますし、中等、高等と教育の視野を広げたときの量的普及は道半ばです。初等教育を修了した子どもたちの多くが身につけるべき学習成果が得られていない、中等教育に移行できていないなどの問題もあります。

教育の質向上における課題

私は大学院から国際教育協力を研究し始め、特にアフリカ西部にあるシエラレオネとガーナの教育について研究し、最近ではガーナの中等教育における教育の質の改善にフォーカスを当てています。ガーナはアフリカの優等生といわれ、イギリスから独立後、民主国家として発展してきました。都市部のごく一部は先進諸国と比べても遜色ない発展を見せる一方、農村部では昔ながらの生活様式が色濃く残っています。国際社会の支援もありガーナは比較的早いタイミングで、初等教育の無償化を導入しましたが、現在、学習成果が身につかない、中等教育への進学率が低いといった問題が顕在化しています。

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要因は複雑です。貧困によるケースもあれば、学校へのアクセス、つまりは教育機会の喪失の問題があります。特に農村部の家族構成を見れば、複数の子どもたちがいる場合、家の仕事で学校に行ける子と行けない子が出てくることがあります。また、学校が徒歩で数時間かかるような遠方の場合、雨季には子どもたちが安全に通学することが難しくなります。事故や事件に巻き込まれる可能性もあり、子どもがケガや感染症にかかっても病院にかかる家計の余裕がない家庭では学校で受ける教育の質と天秤にかけて子どもを学校に出さないといったこともあります。安心して学べる学習環境も課題です。たとえば、女子生徒にとっては水やトイレなどの衛生設備が整っていない環境では生理の問題もあり、周囲の目が気になるため休みがちになります。教師にとっても学校環境の課題は同じです。特に女性教員は、家族と離れて農村地域に赴任することを拒むケースもあります。女子生徒にとって身近な相談者となる女性教員が学校にいないと、学校へ足が遠のいてしまう要因につながり、学習到達度に達するのが難しいです。そのほか、教員の教授スキルや資質など教育の質に影響を及ぼす課題は、キリがないほど存在しています。

教える側の意識醸成

ガーナにおいて教育は地方分権が基本となっており、学校運営は校長や教員、PTA、コミュニティ代表、郡議会代表、卒業生などで構成される学校運営委員会が郡と連携しながら自治形式で行われます。運営資金は生徒の数に応じて助成金が割り当てられ、1年に1度まとめて振り込まれます。以前は1人あたり年間100円程度だった人頭補助金はそれでは余りに少ないとの不満から、現在では1人あたり約200円になっています。助成金は、教材購入や試験対策はもとより、学校設備の改善を含む環境整備などさまざまに活用されていますが、中にはこうした資金ではまかなえないプログラムもあります。その一例に補習があります。途上国でよく見られる課題なのですが、学習内容が多すぎるというカリキュラム整備の問題があり、授業時間だけでは消化しきれないことが多いです。そのため学校によっては補習を実施するのですが、この費用は別途親の負担となります。無償化の制度はあるものの、それ以外にも子どもが教育を受けることによって生じる費用は複数存在しており、家庭の経済状態や親の教育への意識は子どもの学習成果に影響を及ぼします。

以前、教育現場に対する評価を調査するため、私たちは西アフリカ英語圏で行われている基礎教育修了認定試験の結果を基にガーナのとある農村地域の成績上位校と下位校の教師と生徒の意識調査を行いました。すると、多くの指標で有意な差異が見られました。たとえば、成績上位校は教員の授業への高い意欲や姿勢が教授法や指導への工夫につながり、補習の環境も整備されています。研修も盛んで、郡が主体となっているものもあれば、教員たちが企画した学校独自のものもあります。授業やイベントにも工夫があって、クイズ形式の課題を作る、語彙力やスポーツのコンテストを実施し上位の生徒を表彰するなど、子どもの学習意欲を高め通学させるモチベーションを創出していました。一方の下位校にはこうした実践例が比較的乏しく、学習意欲が低下している生徒も見受けられました。生徒のアンケート結果を見ると、成績下位校では教員に対する要望が多いのに対し、成績上位校では教室に行って授業を受けるのが楽しいと答える子どもたちが圧倒的に多くなります。しかしながら、上位校と下位校で教員への報酬体系や、運営費などのコスト的な違いはありません。補助金はあくまでも生徒数によって決定しますし、補習も参加は任意です。しかも、親への調査によれば、彼らは将来のために子どもに補習を受けさせることには積極的です。教育の質における差異は、教員の適切な教授スキルと資質や意識、学校の運営の仕方の違いによっても現れることが分かってきています。

教育と未来

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アフリカの教育を研究することは、「教育の発展プロセス」をリアルタイムで目の当たりにすることでもあります。生徒の学習意欲を高めるためには「学習環境の創出」を学校や親が作れるかが重要ですが、途上国においては、家庭の経済状況、社会的な教育意識、国の財政、卒業後の進路が選択できる社会や産業の構造、人権問題など、SDGsに示されている複数のテーマが深く絡み合い、子どもたちを取り巻く環境は先進国より不安定です。初等教育や中等教育の無償化はスタートにすぎません。子どもたちが学習成果を身につけられるような教育の質の向上には、ステークホルダー全体の意識向上と熱意に裏付けされた、途方もない努力の蓄積が必要不可欠です。先進国の支援や留学といった役割もますます重要になるでしょう。世界の教育を支援することは、未来を作り上げていく人材の育成そのものであり、SDGsに示される新しい持続可能な社会構築の可能性を高めることとほぼ同義だからです。

もちろん、すでに国際社会は動いており、若い力もまた積極的に行動しています。SDGs達成促進のための国際機関や先進国、企業やNGOによる世界的な大きな取り組みはもとより、たとえば青年海外協力隊のようなボランティアの活動も途上国でまた広く浸透しています。日本から活動に参加した人がアフリカなど現地で「先生」と呼ばれ、さまざまなバックグラウンドの人が懸命に働き、人と人との懸け橋、国と国との懸け橋になっています。これまでに数十人もの本学の卒業生が青年海外協力隊に参加してきたことを耳にした時は、嬉しく誇らしく思いました。こうした草の根的な活動のおかげで、現地の人たちは日本人にとても親近感を持ってくれています。現地で教員になる存在もまた若者たちです。若者同士での学びや国籍や文化を越えた交流は今後の教育現場の力になっていくことでしょう。ガーナにおいて教員は尊敬される職業の一つです。生徒の中にも教員をめざす人がたくさんいます。現地の教員は高給とは程遠く、苦しい生活の方もいます。しかし、教育の仕事に情熱を持つ方は少なくなく、そうした教員がいる学校ほど生徒の成績は良く、生徒たちはより教員という仕事に興味を持っています。教育は何より「人」が「人」に向き合うもの。思いが受け継がれていく社会にこそ、教育が作り出す豊かな可能性が育まれるのだと感じています。