帝京大学医学部薬理学講座の研究成果が「Nature Communications」に発表されました

2014年05月08日

医学部薬理学講座の中木敏夫教授、木下千智助教らの研究グループは、脳内の特定のmicro RNAには日内リズムがあることを明らかにし、このリズムに合わせて酸化ストレスに対する神経の抵抗性が変化していることを発見しました。さらにストレスに弱い時間帯にmicro RNAの阻害剤を投与すると神経細胞の酸化ストレス抵抗性が増すことが明らかになりました。パーキンソン病やアルツハイマー病などの原因の一つとして酸化ストレスの増加が従来から知られており、この研究はこのような疾患に対する新しい薬物療法の足がかりとなる可能性があります。この研究成果は、英国の科学雑誌Nature Communications 誌(5月7日)に発表されました。

 

研究者からのコメント

本研究の発見を要約すると、神経細胞のmicro RNAが増えるとグルタチオンが減少して酸化ストレスに対する抵抗性が弱くなること、神経細胞のmicro RNA量およびグルタチオン量が日内変動していること、神経細胞の抵抗性が弱くなる時間帯にmicro RNAの阻害剤を動物に投与すると神経のグルタチオンが増加することにより酸化ストレス抵抗性が高まること、となります。現在私たちは、micro RNAの日内変動するしくみについて研究を進めています。今後、パーキンソン病、アルツハイマー病、筋萎縮性側索硬化症などの神経変性疾患の全く新しい薬物療法へ入口となるかもしれません。また、本研究は帝京大学の研究者および設備によってすべてが行われたことも私たちは誇りに思っています。

 

研究背景

神経変性疾患にはパーキンソン病、アルツハイマー病、筋萎縮性側索硬化症などがあり、原因の一つとして過剰な酸化ストレスが考えられています。酸化ストレスに対する防御機構が中枢神経系では心臓などの末梢組織とは異なっており、抗酸化作用をもつグルタチオンの役割が防御機構として大変重要であることが知られています。実際に、パーキンソン病やアルツハイマー病で亡くなった患者さんの死後脳の研究によれば、神経細胞のグルタチオン濃度が激減していることが示されています。神経細胞のグルタチオンを調節できるようになれば、神経変性疾患の治療が格段に進歩することが期待されます。このような背景から、当研究室では神経グルタチオンの量を調節するしくみについて研究してきました。

一方で、生物が体の中にもつ自律性の時計を体内時計と呼び、約24時間周期のリズムを刻んでいます。睡眠・覚醒やホルモン分泌など多くの生理現象が体内時計によって制御されていることが明らかになっています。パーキンソン病の患者さんに睡眠障害がみられたり、時差ボケにより体内時計が乱れると酸化ストレスが増えることが知られています。本研究は、体内時計が酸化ストレスに対してどのような防御メカニズムをもっているのか、またグルタチオン量の調節が関係しているのかを明らかにするために計画されました。

 

研究成果

miR-96-5pというmicro RNAによって細胞膜のアミノ酸輸送体の一つであるEAAC1というタンパク質の量が減少することが明らかになりました。EAAC1は神経グルタチオンの量を保つために欠かせないタンパク質として知られています。miR-96-5pはマウスの脳で日内変動を示し、miR-96-5pが増加するとEAAC1が減少して神経細胞はストレスに対して弱くなり、逆にmiR-96-5pが減少するとEAAC1が増加して神経細胞はストレスに対して強くなることが明らかになりました。さらに、日内リズムの中でストレスに対して弱い時期にmiR-96-5pの阻害剤をマウスに投与すると神経グルタチオンが増えて神経はストレスに対して強くなることも明らかになりました。すなわち神経細胞のグルタチオンを人為的に増加させて酸化ストレスに対する 抵抗性が上がる方法が明らかになりました。

 

本研究成果の意義・社会に与える影響

神経グルタチオン量が日内変動していること、さらにグルタチオンを人為的に増加させる方法が明らかになりましたので、グルタチオンを増加させる物質が医薬品として使用できれば、神経細胞の酸化ストレスに対して脆弱な時刻においても抵抗性が高まり、神経変性疾患の薬物療法の進歩に大きく寄与することが期待されます。

 

用語説明

【酸化ストレス】

生体内では酸化状態と還元状態がバランスを取っていることが生体機能を保持するために重要である。酸化状態を 過剰にする生体内因子としてはスーパーオキシド、過酸化水素などが知られている。バランスが崩れないようにするため に、SOD(superoxide dismutase)やグルタチオンなどが働いているが、バランスが崩れるとフリーラジカルや酸化力の強い物質によって生体内タンパク質、核酸、脂質が攻撃を受けて、機能不全もしくは毒性を持つようになり、多くの疾患の原因となる。

 

【EAAC1】

細胞形質膜に発現しているアミノ酸輸送体タンパク質である。グルタミン酸輸送体として発見されたが、その後の研究により神経細胞ではシステイン輸送体として重要であることが明らかとなった。別名EAAT3、SLC1A1。

 

【micro RNA(miRNA)】

核酸であるRNAには多くの種類がある。古典的に知られているのはメッセンジャーRNA(mRNA)であり、これが鋳型となり 翻訳されてタンパク質が合成される。タンパク質合成のための鋳型とはならないnoncoding RNA(ncRNA)も存在し、これらは遺伝子発現やタンパク質合成の調節因子として重要であることが明らかにされつつある。ncRNAの一つがmicro RNA(miRNA) であり、20ないし25個の塩基から成り立っている。約3万種類の存在が確認されているが、機能については一部が明ら かになっているにすぎない。

 

【グルタチオン】

グルタミン酸、システイン、グリシンの3個のアミノ酸が結合したトリペプチドである。システインのSH基が生体内の酸化還元状態を調節するうえで重要な役割を果たしている。生体に酸化ストレスが加わると、グルタチオンは酸化型となり生体に加わる酸化ストレスを軽減する。酸化型グルタチオンは酵素反応により還元型グルタチオンに変換され再利用される。中枢神経系では、抗酸化ストレス物質として特に重要であり、多くの神経変性疾患の神経細胞では発症以前にグルタチオンが減少すると考えられている。

 

【神経変性疾患】

神経細胞が進行性に機能不全もしくは神経死に至る疾患を指す。パーキンソン病、アルツハイマー病、筋萎縮性側 索硬化症、ハンチントン舞踏病などが含まれる。ハンチントン舞踏病は常染色体優性遺伝であるが、これ以外の疾患の原因は不明である。特筆すべき共通した特徴として、発症前に酸化ストレス状態の亢進がみられる点である。

 

【体内時計】

地球上の生物は約24時間周期の機能調節を行っている。哺乳類では視床下部の視交叉上核に存在する神経細胞の内因性体内時計が多くの生体リズムを支配している。昼と夜の変化はこの体内時計のリセットの役目をしている。 内因性体内時計の実態は少数の遺伝子であることがわかっている。

 

書誌情報

[DOI] doi:10.1038/ncomms4823

Kinoshita, C., Aoyama, K., Matsumura, N., Kikuchi-Utsumi, K.,Watabe, M. and Nakaki, T. Rhythmic oscillations of the microRNA miR-96-5p play a neuroprotective role by indirectly regulating glutathione levels. Nature Communications 7 May 2014.